御器谷法律事務所

院内感染 

1.院内感染とは
 一般的には、病院内で発生した感染症、具体的には病院内における治療又は検査の過程(カテーテル注射、内視鏡検査、栄養の注入等を含む)あるいはこれらに附随して微生物が体内に侵入し臓器や組織の中で増殖することを意味しています。
 病院内でMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)やセラチア菌、サルモネラ菌、結核菌等の院内感染が発生し、多数の患者が死亡ないし重篤な症状となった例が報道されています。
 
2. 問題の所在
 例えば、黄色ブドウ球菌は本来人間の皮膚や鼻腔等に存在する菌であり、健康な人には特に問題がある訳ではありません。しかし、手術を受けた直後の患者や高齢者、乳幼児など感染への抵抗力が低下している人については、重篤な結果を惹起することがあります。
 そこで、院内感染が発生した場合には、
(1) 病院において事前に常日頃から感染防止のための十分な予防、対策をとっていたか、
(2) もしも感染症が発生したときは、病院において速やかに適切な治療を行ったか、
が問題になってきます。

3. 主張、立証すべき事実
 院内感染においては、主に次の諸点等が主張、立証すべき事実となってきます。
(1) 病院の過失
 1) 院内感染の防止のために事前に常日頃から十分な予防、対策をとっていたか否か。
 具体的には、標準的且つ組織的な院内感染防止対策マニュアル等の作成、その日々の具体的な励行、及び、問題となっている病原体、感染源、感染経路との関係において院内感染防止のための具体的対策がどのように講じられていたか等が問題となります。
 2) 発生した院内感染に対して病院が、その事実を早期に把握して早期に適切な治療を行ったか否か。
 具体的には、院内感染を早期に発見し、早期にその院内感染に対する適切な治療を行うべき注意義務が問われ、判例においては院内感染の原因である病原体を予見しこれに対する治療を開始すべき時期が具体的にはいつなのか、又、その病原体に対する特効薬は何か等を問題としているものがあります。
 特に、抗MRSA薬剤についてバンコマイシンの使用の有無、及びその投与の時期を問題としている判例があります。
(2) 損害の発生及び損害額
 院内感染によって具体的にどのような重篤な結果が惹起されたかが問題となります。
(3) 上記(1)と(2)との間の相当因果関係の存在
 この因果関係の立証のためには、特に院内感染における病原体の特定、感染源が何であるか、感染経路は何であるかが問題となります。
 そして、これらのうちでも特に感染源と感染経路の立証は困難をともなうことが多く、複数の原因による推認等による立証責任の合理的分配が原・被告間において行われるべきであるとの指摘があります。
 
4. 判例の紹介
(1) 否定例東京地方裁判所平成8年6月17日判決
 Aの被告病院への入院から死亡までの経過、MRSAに関する医学的知見、被告病院手術室及びICUの状況等に鑑みると、AのMRSA感染源及び感染経路として考えられるものは、(1)時期的な観点からは、1)入院後手術前の諸検査の段階、2)手術中の段階、3)手術後のICU又は病室で治療を受けていた段階のいずれかにおいて、(2)感染経路の観点からは、1)病院内に浮遊していた細菌が呼吸あるいは身体の創傷部を通して感染した、2)細菌の付着していた器具等の使用によって感染した、3)体内に装着、挿入したドレーンやカテーテルを通じて感染した、4)保菌している医療従事者、他の保菌患者、感染症の発症患者あるいはこれらの患者と接触した医療従事者との接触、接近により交差感染した、5)もともとAが保有していた細菌が手術室の身体侵襲等に伴い体内に侵入し感染した等のものが考えられる。
 右に認定した事実を総合すると、AのMRSA感染源及び感染経路としては、前記の考えられる可能性のうちの、本件手術以後の時期に手術室あるいはICU内において、右異物に感染したものであろうと推認され、それ以外の可能性は右可能性に比し低いものということができる。しかし、右事実によっても、異物に感染した細菌はどこから付着したものかは確定することはできず、その感染経路については、Aが本件手術前から保菌者であり、自らが保菌していた細菌が右異物に感染した可能性を排除し去る証拠がない以上、この可能性を否定することはできないのであるから、結局のところ、Aの本件MRSAの感染源及び感染経路については、右以上にこれを確定することはできないものといわざるを得ない。
 そうすると、Aの本件MRSAの感染源及び感染経路を確定できない以上、いずれの点において被告に過失があったかについてこれを確定することはできないのであるから、被告に原告ら主張の過失があるとして、債務不履行に基づき損害賠償を求める原告らの請求は理由がないものというべきである。

(2) 肯定例東京地方裁判所平成15年10月7日判決
(S大学病院MRSA訴訟)
争点1 原告AがARDS、DIC、MOFに陥った原因、時期について
 本件において、原告AがARDS、DIC、さらにMOFに陥った原因については、MRSAを原因とするセプシスであり、その時期は、7月16日午後6時30分に原告Aが呼吸苦を訴え、その後、同日午後8時30分にDICに陥ったころであると認められる。
争点2 被告の義務違反の有無について
 被告病院は、遅くとも7月15日午後7時ころの段階において、MRSA感染症治療としての抗生剤バンコマイシンを原告Aに投与する義務があったというべきである。ところが、被告病院が実際にバンコマイシンを投与したのは、前記認定のとおり、7月18日午前9時30分であったのであるから、被告病院には、上記の義務違反があったというべきである。
争点3 結果回避可能性について
 7月15日午後7時ころの時点では、原告Aの状態は、MRSAを原因菌とするセプシスあるいはそれに引き続いて敗血症に陥っているにとどまっている段階であり、まだ敗血症性ショックには至っていなかったと認められるところ、上記(1)認定のとおり、敗血症に対するバンコマイシン有効率は74%から90%とされ、またショックに至らない重症敗血症に対する致死率は10%から20%にとどまるものとされていることにかんがみれば、本件において、被告病院が遅くとも7月15日午後7時ころの時点で、原告Aに対してバンコマイシンを投与していれば、原告AがARDSやDICを発症し、MOF状態となり、心停止により低酸素脳症に陥るという本件結果を回避することができた高度の蓋然性が認められるというできである。
まとめ 被告病院には、遅くとも7月15日午後7時ころからMRSA感染症治療として抗生剤バンコマイシンを原告Aに投与すべき義務があったにもかかわらずそれを怠った過失があり、その結果、原告Aに心停止という結果が生じたと認められるから、被告病院を経営する被告には、不法行為が成立するものと解される。

(3) MRSAによる死亡事故につき原審の判断を破棄した事案
−最高裁判所 平成18年1月27日判決
バンコマイシンの不使用について
 原審が、砂川鑑定書、松村意見書及び島田意見書に基づいて、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことに過失があるということはできないとしたことは、原判決の説示から明らかである。
 そして、砂川鑑定書には、MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用については、バンコマイシンに対する耐性菌を生み出し、その後の耐性菌に対する治療が深刻な問題になる危険をはらんでいるとした上で、C医師らの投与したミノマイシンとバクタによっても、時間を要したものの、Aの便からMRSAが消失したという臨床経過が認められるのであるから、同医師らの処置が不適切であったとまでは断定できないとする記載部分があることも、原判決の説示するとおりである。
 しかしながら、本件記録によれば、砂川鑑定書には、「抗生剤治療には一部不適切な部分が認められる」、Aは高齢で、かつ基礎疾患に脳こうそくがあるために寝たきりの状態であること、一月二八日のかくたんからMRSAが出ていること、一月一五日から下痢が続いていることからMRSA腸炎の存在を念頭に置く必要がある。二月三日に二月一日に検査したふん便からMRSAが証明された時点でバンコマイシンの経口投与を開始することの是非が検討されるべきと考える。治療としてバンコマイシンの経口投与を選択する理由としては以下に述べる理由が挙げられる。(1)感染に対する抵抗力の弱い高齢者である。(2)既にかくたんからMRSAが検出されている。(3)下痢を伴っており、MRSAの腸管の感染(保菌ではない)の可能性がある。・・・(5)バンコマイシンを経口投与した場合に、この薬剤は腸管からの吸収が悪く、未吸収の薬剤が高濃度に腸の中に存在することから腸内のMRSAに対して効果が十分に期待できる。」、「理論的にはバクタはバンコマイシンに比べて腸管からの吸収が良いことから腸管内のMRSAに対しての効果はバンコマイシンほどではないと考えられ、鑑定人としては第一選択薬としてはバンコマイシンを推奨する」、「二月三日に便からMRSAが検出されていることが判明し、下痢が続いていた時点でMRSA感染症と判断してバンコマイシンが使用されていれば、今回の臨床経過に比べてより早く便からMRSAが消失したことが予想される。」、「二月に抗MRSA薬を開始していれば結果が異なった可能性はある。」、「その後MRSAの定着が抑制されれば死亡という最悪の事態は避けられたことも考えられる」など、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載もあることがうかがわれる。
 また、松村意見書には、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同意見書には、上記時点のAの具体的症状をMRSA感染症又はその疑い例に当たると評価すべきなのか、MRSAの保菌にすぎないと評価すべきなのかについては触れられていないものの、MRSA感染症又はその疑い例に対しては、平成五年当時も現在もバンコマイシンが第一選択薬であるのは世界的な水準であり、そのこと自体には何らのしゅん巡も不要であるなどの記載もあり、同意見書が、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて、当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは、明らかではないといわざるを得ない。したがって、松村意見書に上記記載部分がないことをもって、C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。
 さらに、島田意見書には、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同意見書は、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことに問題がなかったともしていないのであり、同意見書が、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて、当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは、明らかではないといわざるを得ない。したがって、島田意見書に上記記載部分がないことをもって、C医師らが二月一日ころの時点までにバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。
 そうすると、砂川鑑定書、松村意見書及び島田意見書に基づいて、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は、経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。

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