御器谷法律事務所

賃金の減額


Q.当社は、現在非常に厳しい経営状況にあり、コスト削減のみならず、従業員の賃金の減額を実施せざるをえないと考えていますが、賃金減額をするにあたって留意しなければならない点をお教え下さい。

A.会社が従業員に支給する賃金は、従業員との雇用契約(労働契約)や就業規則(賃金規程)や労働協約、あるいは黙示の合意等によって定められていると思われますので、この賃金を減額するときはその各々の場合に応じて留意しなければならない点があります。場合を分けて説明いたします。

1. 就業規則(賃金規程)による場合
(1) 就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する使用者が基本的な労働条件を定めたものであり、これを作成、変更したときは労働基準監督署に届出るものです(労働基準法第89条)。この就業規則の作成、変更には、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者の意見書の添付が必要とされています。そして、この就業規則は、使用者に周知義務があり、その内容が合理的な労働条件を定めたものである限り法的規範性をも有しているものと考えられています。

(2) 就業規則の不利益変更については、有名な「秋北バス事件」についての最高裁判所昭和43年12月25日判決があります。−55歳定年制を新設した就業規則の変更を有効とした事例
 「元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(労働基準法二条一項)が、多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体が定める契約内容の定型に従って、附従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている(民法九二条参照)ものということができる。」
 「右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受けるものというべきである。」
 「おもうに、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善にまつほかはない。そして、新たな停年制の採用のごときについても、それが労働者にとって不利益な変更といえるかどうかは暫くおき、その理を異にするものではない。」
 「本件就業規則についても、新たに設けられた五五歳という停年は、わが国産業界の実情に照らし、かつ、被上告会社の一般職種の労働者の停年が五〇歳と定められているのとの比較権衡からいっても、低きに失するものとはいえない。」
 停年解雇制や再雇用の特則をも考慮し、・・・
 「以上の事実を総合考較すれば、本件就業規則条項は、決して不合理なものということはできず、同条項制定後直ちに同条項の適用によって解雇されることになる労働者に対する関係において、被上告会社がかような規定を設けたことをもって、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、上告人は、本件就業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければならない。」

(3) また、「みちのく銀行事件」についての最高裁判所平成12年9月7日判決では、55歳以上の従業員につき専任職という制度を導入し、賃金を大幅に減額した事例につき、この就業規則の変更を無効としています。
 「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」
 「専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、上告人らのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しない上告人らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、上告人らにその効力を及ぼすことができないというべきである。」

2. 労働協約による場合
(1) 労働協約は、一般的には、使用者等と労働組合が労働条件等に関して合意し、これを書面化し、双方が署名捺印したものです(労働組合法第14条)。この労働協約に定める労働条件等に関する基準に違反する労働契約の部分は無効となり、この無効となった部分は基準の定めるところによることとなります(同法第16条)。これを労働協約の規範的効力と言われています。

(2) 労働協約において一部の組合員に不利な労働条件等を定めた場合の規範的効力については、「日本鋼管賃金減額事件」に関する横浜地方裁判所平成12年7月17日判決があります。
 「特定又は一部の組合員に不利益な労働条件等を定める労働協約であっても直ちに規範的効力が生じないということはできないが、そのような労働協約が労働組合の目的を逸脱して締結されたと認められる場合には、その規範的効力は否定されると解すべきである(平成九年三月二七日最高裁判所第一小法廷判決、(朝日海上火災保険(石堂・本訴)事件)参照)。そして、労働協約が労働組合の目的を逸脱して締結されたかどうかの判断に当たっては、組合員に生じる不利益の程度、当該協約の全体としての合理性、必要性、締結に至るまでの交渉経過、組合員の意見が協約締結に当たってどの程度反映されたか等を総合的に考慮することが必要である。」
 「本件改訂は五五歳以上の者の賃金を減額するものではあるが、減額される金額が大きいとはいえず、経過措置も存在する点で本件改訂による新制度が五五歳以上の者にとって苛酷であるとまではいえないこと、若年・中堅層の待遇の改善という目的に則り、それによる成果が見込まれると認められることからして本件協約を全体としてみた場合に不合理であるとか、五五歳以上の組合員をことさら不利に扱うことを目的として締結されたものとは言い難いこと、本件改訂に至る手続が組合規約に則ったものであるとともに、組合員の意見を全く聞かずに一方的に進められたとまではいえず、本件改訂による不利益との関係で組合員の意見を適切に考慮せずに締結されたものとは評価できないことを考え併せると、本件改訂は組合の目的を逸脱して締結されたものとはいい難く、本件協約には規範的効力が生じると解すべきである。」

3. 就業規則や労働協約によらない場合
(1) 賃金は、一般的には会社と従業員との間の合意である労働契約ないし雇用契約、あるいは前述のように就業規則や労働協約によって決められています。
 従って、会社が、たとえ経営状況の悪化等を理由としても、就業規則や労働協約の変更手続を経ることなく、一方的に賃金を減額することは、従業員の同意がない限り、一般的にはできないものと考えられています。

(2) この点に関する裁判例としては、「ザ・チェース・マンハッタン・バンク事件」に関する東京地方裁判所平成6年9月14日判決があります。
 「本件合理化の一環としての本件賃金調整は、各原告の賃金を被告において各原告の同意を得ることなく一方的に減額して支給するという措置を実施するものであって、各原告の賃金基準は原告ら所属の労働組合との間の労働協約によって定まっていたというのであるから、この内容は各原告と被告との間の労働契約内容となっていたといえる。
 ところで、労働契約において賃金は最も重要な労働条件としての契約要素であることはいうまでもなく、これを従業員の同意を得ることなく一方的に不利益に変更することはできないというできである。
 この意味において、本件賃金調整は、被告が各原告の同意を得ることなく、一方的に労働契約の重要な要素を変更するという措置に出でたのであるから、何等の効力をを有しないというべきであり、このことは、本件賃金調整に被告主張の合理性が存したとしても異なることはない。」
 「被告は、本件賃金調整は原告らの相当数の者が対象となった犠牲の大きい整理解雇を回避するためのやむをえない措置である旨主張する。
 しかしながら、被告は本件合理化の一環として整理解雇という措置を選択することなく、本件賃金調整という措置を選択したのであるから、この措置の有効性のみが問題となるのであって、整理解雇という措置を選択しなかったことをもって本件賃金調整を有効とすることの根拠とすることはできないし、また、整理解雇の有効性についての判断がなされ、この有効性が確定してはじめて本件賃金調整よりも整理解雇が原告らにとって犠牲が少ない措置であるということがいえるのであって、整理解雇という措置がなされていないのに、これとの対比で本件賃金調整が原告らにとって犠牲が少ない措置であるなどということもできない。
 したがって、この点に関する被告の主張も採用できない。」

4. その他−年俸制や人事考課による場合
 会社が年俸制や人事考課によって従業員の賃金を増減することはよくあることです。特に賃金の体系そのものが、従来の年功序列から成果主義へと移行しつつある現在、各々の従業員の成果によりその賃金の増減も当然考えられる余地があります。そのための条件をいくつか挙げてみましょう。

(1) 年俸制や人事考課が、就業規則や労働協約において明記されていることが必要であると考えられます。

(2) 年俸制や人事考課が、制度そのものとして合理的で、且つ適法公平なものでなければならないでしょう。
 特に基準となる成果のとらえ方や人事考課の公平性等は客観性を有するものでなければならず、会社の従業員への評価結果の説明(告知)とこれに対する従業員の意見申立の機会(聴聞)を如何に保障するかが問題となってくるでしょう。

 この賃金の減額についても遠慮なく当事務所にご相談下さい

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