御器谷法律事務所

MRSAによる死亡事故につき原審の判断を破棄した事案
最高裁判所 平成18年1月27日判決

バンコマイシンの不使用について
 原審が、砂川鑑定書、松村意見書及び島田意見書に基づいて、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことに過失があるということはできないとしたことは、原判決の説示から明らかである。
 そして、砂川鑑定書には、MRSAの保菌者に対する安易なバンコマイシンの使用については、バンコマイシンに対する耐性菌を生み出し、その後の耐性菌に対する治療が深刻な問題になる危険をはらんでいるとした上で、C医師らの投与したミノマイシンとバクタによっても、時間を要したものの、Aの便からMRSAが消失したという臨床経過が認められるのであるから、同医師らの処置が不適切であったとまでは断定できないとする記載部分があることも、原判決の説示するとおりである。
 しかしながら、本件記録によれば、砂川鑑定書には、「抗生剤治療には一部不適切な部分が認められる」、Aは高齢で、かつ基礎疾患に脳こうそくがあるために寝たきりの状態であること、一月二八日のかくたんからMRSAが出ていること、一月一五日から下痢が続いていることからMRSA腸炎の存在を念頭に置く必要がある。二月三日に二月一日に検査したふん便からMRSAが証明された時点でバンコマイシンの経口投与を開始することの是非が検討されるべきと考える。治療としてバンコマイシンの経口投与を選択する理由としては以下に述べる理由が挙げられる。(1)感染に対する抵抗力の弱い高齢者である。(2)既にかくたんからMRSAが検出されている。(3)下痢を伴っており、MRSAの腸管の感染(保菌ではない)の可能性がある。・・・(5)バンコマイシンを経口投与した場合に、この薬剤は腸管からの吸収が悪く、未吸収の薬剤が高濃度に腸の中に存在することから腸内のMRSAに対して効果が十分に期待できる。」、「理論的にはバクタはバンコマイシンに比べて腸管からの吸収が良いことから腸管内のMRSAに対しての効果はバンコマイシンほどではないと考えられ、鑑定人としては第一選択薬としてはバンコマイシンを推奨する」、「二月三日に便からMRSAが検出されていることが判明し、下痢が続いていた時点でMRSA感染症と判断してバンコマイシンが使用されていれば、今回の臨床経過に比べてより早く便からMRSAが消失したことが予想される。」、「二月に抗MRSA薬を開始していれば結果が異なった可能性はある。」、「その後MRSAの定着が抑制されれば死亡という最悪の事態は避けられたことも考えられる」など、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことが、当時の医療水準にかなうものではないという趣旨の指摘をするものと理解できる記載もあることがうかがわれる。
 また、松村意見書には、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同意見書には、上記時点のAの具体的症状をMRSA感染症又はその疑い例に当たると評価すべきなのか、MRSAの保菌にすぎないと評価すべきなのかについては触れられていないものの、MRSA感染症又はその疑い例に対しては、平成五年当時も現在もバンコマイシンが第一選択薬であるのは世界的な水準であり、そのこと自体には何らのしゅん巡も不要であるなどの記載もあり、同意見書が、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて、当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは、明らかではないといわざるを得ない。したがって、松村意見書に上記記載部分がないことをもって、C医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。
 さらに、島田意見書には、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与していないことを問題にする記載部分がないことは、原判決の説示するとおりであるが、本件記録によれば、同意見書は、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与していないことに問題がなかったともしていないのであり、同意見書が、同医師らが上記時点でバンコマイシンを投与しなかったことについて、当時の医療水準にかなうものであるという趣旨の指摘をするものであるか否かは、明らかではないといわざるを得ない。したがって、島田意見書に上記記載部分がないことをもって、C医師らが二月一日ころの時点までにバンコマイシンを投与しなかったことの過失を否定する根拠とすることはできない。
 そうすると、砂川鑑定書、松村意見書及び島田意見書に基づいて、C医師らが二月一日ころの時点でバンコマイシンを投与しなかったことに過失があるということはできないとした原審の判断は、経験則又は採証法則に反するものといわざるを得ない。


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