御器谷法律事務所
東京地方裁判所 平成18年12月12日判決
LPガス会社の代表取締役専務が、同種事業を営む会社と共謀し、競業新会社を設立し、従業員を一斉に引き抜いて新会社に移籍させ、顧客を奪った事案について、代表取締役らの不法行為が認められた事例

《事案の概要》
 一般消費者向けにLPガスを販売している原告甲会社の代表取締役であった被告乙1は、事業の失敗の責任を取らされる形で代表取締役社長から代表取締役専務に降格になった。これを機に、乙1は、同種事業を営む被告乙2会社と共謀して、新会社である被告乙3会社を設立して、甲会社の全従業員を新会社に移籍させるべく秘密裏に一斉に引き抜き活動を行い、その大半を移籍させた(具体的な数字は明記されていない)。同時に乙1自身も甲社の代表取締役を退任した。
 さらに、甲会社の顧客を奪うべく契約切り替えの勧誘活動を行い(「ほとんどの従業員が(甲会社)から(乙3会社)に移籍し、(甲会社)はつぶれる見込みが強い」、「(甲会社は)保守管理ができない」などと説明することもあった)、大量の顧客を奪うことに成功した(甲会社には平成12年度において全顧客数約8600件あったが、1300件程度が奪われたと認定されている)。
 そこで、原告甲は被告乙1〜乙3を相手取って損害賠償を求める訴訟を提起した。
 なお、本件では、甲会社は3ヶ月程度で従前の競争力を回復したものと認定されているが、具体的にその後の顧客数がどのように推移したのかは明記されていない。

《裁判所の判断》
(1) 不法行為が成立するか?
 被告乙1は、原告の代表取締役在任中であるにもかかわらず、被告乙2会社が用意した被告乙3会社への移籍を前提に、被告乙2会社と意を通じて、被告乙3会社の営業要員の確保と原告従業員を通じてつながりを持っている原告の顧客を被告乙3会社の顧客に切り替えさせることによって確保することを目的として、原告にその動きを察知されるのを防止しつつ、原告の各営業所の全従業員に対して突如として一斉に被告乙3会社への引き抜き行為をしている。これら一連の引き抜き行為は、原告に対して従業員らの退職を予見させる機会を与えずに秘密裏に行われ、短期間に手際よく遂行されていることからみて、綿密な計画性もうかがわれるものであり、原告の各営業所の全営業社員を対象としている点で、営業社員による営業行為が業務の主体をなす原告に対する打撃も極めて大きいものといえる。このような被告乙1の行為は、原告に対する代表取締役としての忠実義務に違反しているのみならず、その方法において背信的で、一般的に許容される転職の勧誘を超え、原告に対する不法行為となる。これに対し、被告らは、原告の従業員らは、被告乙1が退職することを知り、自発的に退職を決意した旨主張するが、上記のような一連の経過の計画性、実行の手際の良さ、さらには共通書式による退職届があらかじめ用意されていたことなどからみて、少なくとも本件のように一斉に多数の従業員が原告を退職することについては、被告乙1による働き掛けなしには実現し得なかったと認めるのが相当であり、被告らの主張は採用できない。
⇒代表取締役在任中に、綿密な計画の下で一斉に秘密裏に行われた従業員引き抜きの勧誘活動は、従業員に退職の自由があることを考慮しても、許容される限度を超え、会社に対する不法行為を構成する(取締役の忠実義務違反が成立するのみならず)。

(2) 賠償すべき損害はいくらか?
A:原告の営業利益(粗利益から固定経費を除く販売管理費を差し引いた後の利益)
 →本件では、年間約2億4000万円
B:原告の全顧客数
 →本件では、約8600件
C:奪われた顧客数
 →本件では、約1300件
D:不法行為がなければ利益を得られたであろう期間
 →本件では、契約切り替え競争の激しいプロパンガス業界の現状を考慮して、被告らによる引き抜き・顧客奪取行為がなければ、少なくとも約0.5年(6ヶ月)は契約を継続し得たと認定されている。
(原告の被った損害) =A÷B(顧客一人あたりの年間平均利益)×C×D
=約1800万円、と判断された。
⇒LPガス供給会社が、顧客を奪われたことによる損害を算定する場合、賠償すべき損害は、顧客一人あたりの年間平均利益に、奪われた顧客数・不法行為がなければ利益を得られたであろう期間を乗じて算出する。
 なお、この裁判例においては、従業員の引き抜きそれ自身による損害は、原告の主張立証が不十分であるとして、判断がなされていない。民訴248条(立証困難な場合について相当額の損害の認定)は、原告の主張立証が十分尽くされている場合にのみ適用されるものであるとして、かかる原告の主張を排斥している。


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