御器谷法律事務所
大阪高等裁判所 平成19年4月26日判決
当時73歳の高齢の被保険者が入浴中に浴槽内で溺死した場合に普通傷害保険約款にいう「急激かつ偶然な外来の事故」により死亡した場合に当たるかどうかが争われた事例

本件事案は、概要、以下のとおりである。
  1. A(昭和四年四月二〇日生)は、平成一四年六月一三日、Yとの間で普通傷害保険契約、すなわち、「本件保険契約」を締結した。
  2. 本件保険契約では、被保険者を保険契約者であるAとしたうえ、急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が死亡した場合には死亡保険金として四〇〇〇万円が支払われる旨、この場合の死亡保険金の受取人は被保険者の法定相続人とする旨の保険約款が適用されることとされている。
  3. 当時73歳であったAは、平成一五年三月二九日午後八時三〇分ころ、自宅の浴室内で入浴中に死亡したが、その直接死因は溺死であった。
  4. 亡Aにつき、死体解剖がされたが、その解剖所見では、溺死肺の所見が見られたほか、脳疾患及び心臓疾患といった異常所見は肉眼上は見られず、動脈硬化も年齢相応であった。
  5. また、亡Aには、高血圧、心臓病及び糖尿病などの持病ないし既往症はなかった。
以上のような事実関係の下において、亡Aの法定相続人であるX1(妻)、X2(子)及びX3(子)が、本件保険契約に基づき、Yに対し、亡Aの死亡保険金の支払を求めたのが本件である。

<大阪高裁の判断>
 以上の検討の結果等を総合すると、Aの死因は浴槽内での溺死であり、その原因は入浴中の意識障害にあるものと推認されるが、その意識障害が内因的な疾患によって生じたものとは認められず、入浴中の温度環境の変化により起立性の脳虚血ないし熱中症により一過性の意識障害を生じたものと推認するのが相当であり、これを覆すに足る証拠はない。ちなみに、○○医師は前記のように以上の判断を病理学的に証明することは困難であるとしているが、温度や圧力の変化による意識消失の有無は、器質的(病理学的)変化ではなく、機能上(生理学的)の変動であって解剖しても立証できないのであるから、その点は上記のような推認を何ら妨げるものではない。
 なお、被控訴人は、内因性の疾患は、解剖所見上必ずしも明らかになるとは限らず、解剖所見上異状がないからといって内因性の疾患がなかったとはいえないと主張する。その点は確かにそのとおりではあろうが、解剖所見や病歴調査及び日頃の健康状態などから既存疾患が何らうかがわれないのに、浴槽内の溺死であること自体から内因的な疾患があるものと推認するべきものとする合理的な根拠がないことも既述のとおりである。したがって、上記被控訴人主張のような点も、前記検討のような推認を妨げるものではない(そうでなければ、外傷等の特段の事情が無い限り、内因性の疾患によらないことがおよそ立証できなくなってしまう)。
 本件約款は、被保険者が「急激かつ偶然な外来の事故によって」死亡したときに本件保険契約に基づき死亡保険金を支払うと定めているのであり、本件約款上、日常誰しも経験するような温度変化等によってたまたま起こった保険事故を除外していない。たしかに、高度の脳動脈硬化や、脳梗塞、冠動脈の狭窄、狭心症、心筋梗塞等の既存疾患を有する高齢者が、入浴による温度環境等の変化を誘引として、病的な脳虚血発作や心臓発作等を生じてそのための意識消失により溺死するに至った場合などは、これを内因的な原因による病死と理解するのが相当である。しかし、既述のように、日ごろ健康であってなんら既存疾患を有しない者においても、特に高齢者にあっては、日常誰しも経験するような入浴時の温度変化等によって、たまたま熱中症や起立性の低血圧等の生理的な身体的反応により一時的に意識を消失することがあり、その場合、浴槽の形状、湯量や老化による反射的な運動能力や身体的防御機能の衰え等も関係して、適切な防御態勢をとれないまま、浴槽内で大量に溺水を吸引して溺死(窒息死)するに至ることが起こりうるのである(甲九、甲一二及び各引用文献参照)。そのような態様の事故はまさに突発的な溺死事故というべきであって、そのきっかけが入浴による日常的な温度変化等にあるとしても、これ身体の外部からの作用による事故であるというを妨げないと解すべきである。むしろこの場合には、死亡の原因は直接的には溺水の吸引という外来の要因にあり、事故全体として評価しても予期せぬ突発的な外来の事故とみるのが自然であり、また常識的でもあるといえよう。

<結論>
第一審判決を取消し、原告らの請求を認容した。


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