御器谷法律事務所
大阪高等裁判所 平成21年6月9日判決
遺言者が自己の氏名を記載しなかったとしても民法969条4号の定める遺言者の署名の要件を満たしている公正証書として認められた事例        

 イ 控訴人は、本件公正証書において、太郎は、遺言者自身の氏名である「丙川太郎」を記載したものではなく、相続人である控訴人の氏名である「丙川一夫」を記載したものであるから、民法969条に定める遺言者の署名には当たらず、本件公正証書遺言は無効である旨主張する。
 そこで検討するに、公正証書遺言の場合には、公証人が遺言者の本人確認をした上で作成されるため、遺言者の署名は、本人の同一性判断の資料としての要素としてよりは、記載内容についての正確性を承認する要素としての意味合いが大きいと考えられる。このことからも、遺言者が自書する氏名としては、戸籍上の氏名と同一であることを要せず、通称、雅号、ペンネーム、芸名、屋号などであっても、それによって遺言者本人の署名であることが明らかになる記載であれば足りると解される。もっとも、「署名」でなければならず、単に承認の意味の記載があれば足りるというものではないから、氏名ではない記号等では足りない。
 本件公正証書遺言の場合は、前記のとおり、遺言者である太郎が署名したこと自体は明らかであり、その記載された文字は、原判決別紙第一のとおりである。前記のとおり、最初の一文字は「甲」と読むことができるものの、下部の一連の文字は判読し難いものである。控訴人主張のように、「丙川太郎」と読むことは困難であるが、他方、被控訴人主張のように「丙川一夫」と読むことも、文字を素直に目視観察する限りにおいては困難である。しかし、遺言者欄に記載された下部の一連の文字が判読し難いものであったとしても、最初の一文字が「甲」と読むことが可能であり、しかも全体として氏名の記載であることは明らかであって、遺言者本人が公正証書の遺言者欄に自己の氏名として自書し、署名の現場に立ち会った法律専門家である公証人も弁護士も、代筆や書き直しが可能であることを認識しながら、遺言者の署名であることに疑問を感じず、これらの措置を執らなかったというのであって、本件公正証書における遺言者欄の記載は民法969条4号の定める遺言者の署名の要件を満たしていると解するのが相当である。


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